こんにちは。
我が家のテレビは買って数年経つのに、リモコンの「YouTube」と表示されたボタンを一度も押したことがありませんでした。
先日、ちょっと試しにそのボタンをおしてYouTubeを起動してみたら、なんと次から次へと私好みの音楽や海外の風景や、お気に入りの方のレクチャーなどが小さな窓で紹介してくるじゃないですか!?
いやぁ、すごいなぁー。映像は美しいし、音もいい!このテレビ賢ーい、なんて興奮しながら色々視聴してたけど、ふと気づきました。
あ、これってパソコンやスマホでYouTube観たときの私の履歴に基づいて「こんなのもどう?」と提案してくれている、ことに。
それ、いまや当たり前。アルゴリズムっていうものと関連しているのよ。・・と言われそうだけど、確かに一から検索し直さなくてもいいし、とても便利です。
でも同時にこうも思いました。このアルゴリズムというものに身を委ねていると、これからも私好みの思いや考え、好み、価値観などが形をとって目の前に現れるのだ、と。そして好みに沿って提案される映像は、確かに目にも耳にも心地よく気持ちが良い。
逆に言うと、観る動画に偏りが出てきて、新しい考え方やものの捉え方との出合いが減る可能性が大です。はたして私はそういう状態を望んでいるのだろうか?と自問。
「いいや、違う」という内側の声。せっかくこの世に産まれてきたからには、色々なものを観たり、聴いたり、体験したいと思っていたことを思い出します。
そりぁ、中には気持ちがザワザワするもの、違和感あるものも在るかもしれないけれども、それらも体験してみないと、本当にそうかどうかがわからないし、最終的に選ぶのは私なのだし・・
だからいつもとは違う人と話しをすること、人の勧めでもいいのでいつもと違うジャンルの本や映画を観ること、違う土地を訪ねること等の価値を改めて思います。
自分の思いの種でどんな芽を出したいのかを常に意識していたいものです。
きょうも地に足をつけてゴキゲンにお過ごしください♪
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